■バンティムルン〜Bantimurung〜

イギリスの博物学者ウォーレスがこの場所で新種の蝶を数多く発見したのは1856年のこと、これまでにバンティムルン国立公園内では270種類の蝶が登録されている。

バンティムルン渓谷はマカッサル(ウジュンパンダン)より40キロの地点にあり、石灰岩の地層と乾季でも豊富な水量が流れる谷川が周囲の空気を冷やし、湿潤な気候で安定した環境から成り、自生する熱帯植物や鳥。動物や各種の蝶までさまざまな生き物が生息している。

今回のバンティムルンでの一番の狙いはトリバネアゲハと分類されていたヘレナキシタアゲハ(Troides Helena)のネイチャーフォトを撮影するのが目的だ。 アカエリトリバネアゲハ(Trogonoptera Brookiana)はマレー半島やサラワクで何度となく撮影してきたが、キシタアゲハは今まで見たことがなく、私にとっては幻の蝶であった。
スラウェシの蝶についてはウォーレスの著書“THE MALAY ARCHIPELAGO”の一節で、スラウェシがいかに特産種の宝庫であるかを述べた後に周囲の島に生育している同種と比較して、スラウェシに生育している種類のほうが遙かに大型であることと形が特徴的であることを述べている。
彼がその違いを比較する例としてあげられたPapilio Gigon(オビモンアゲハ)やGraphium(アオスジアゲハ)、Hibomia Glaucippe(ツマベニチョウ)で、その種類が一度に見れるのもバンティムルンである。


■バンティムルンの蝶

バンティムルン公園にはトレッキングコースが設置されており、そのコース沿いを午前中行ったり来たりしながら蝶が現れるのを待つ。
川沿いには小型の蝶がたくさん乱舞している。

→このようなトレッキングロードには蝶だけでなくさまざまな昆虫も登場する。
森の奥深くに入っていくと川の砂地に沢山の大形の蝶が給水に集まっている。
ウォーレスの述べたグラフィウム、パピリオまで給水しており絶好のシャッターチャンスが訪れた。

■Graphium Meyeri  セレベスミカドアゲハ

日本のミカドアゲハの近縁種だが、こちらも前翅が大きくなっている印象がある。ミカドアゲハの一種はカリマンタンのサンピットやサラワクのムルで何度も撮影したが、セレベスのものは飛翔時に白い部分が特に目立ち大変美しく上品に飛翔する。

G,Milonに比べると存在感が薄いため、キャラ負けする。

■Graphium Milon  ミロンタイマイ

日本のアオスジアゲハの近縁種のミロンタイマイだが、日本の主と比較し青の色が非常に鮮やかでコバルト色をしており、前翅も大きいのが特徴である。

タイマイは自生地でも群れていることが多く、サファイアが群れているかのような吸水風景は非常に美しく、迫力のある光景だ。

■Appias Zarinda ザリンダベニシロチョウ

ふと横を見るとルビーが飛んでいる・・といった印象を残すザリンダベニシロチョウ。やはりスラウェシの白蝶までも前翅が大きくせり出しており、まるで小型のバードウイングのような風貌だ。
真紅の羽根もとても美しい。
■Paleria

初めて見た時は青いアゲハかと思うほどの大きさで迫力がある。
薄いブルーがとても美しい大型の蝶。

人間はあまり好きじゃない。
■Papilio Gigon オオオビモンアゲハ

ウォーレスがTHE MALAY ARCHIPELAGで記載したオオオビモンアゲハがこちら。
マレー半島に生育するオビモンアゲハは前翅長が約50mmなのに対し、このオオオビモンアゲハは前翅長が65mmになる大型のアゲハ蝶。
前翅を燕のように動かし、風を切り裂くように滑空するその姿はまるで女王のような存在である。
また、対話にも応えてくれるフレンドリーな性格で人間は別に嫌いじゃない。

このPapilio Gigonはスラウェシ全域に生育しているらしく、時折その姿を見かけたがケンダリの民家の井戸でフワリと現れ給水し、飛び去っていったあの上品な姿は忘れずに記憶の中にとどまっている。

■Hibomia Glaucippe ツマベニチョウ

他の大陸に生息するツマベニチョウと比較し、約1.5倍の大きさで前翅が先端に突き出ており翅の先がとがっているのがスラウェシ産の特徴。
■Papilio Paris ルリモンアゲハ

給水している蝶のパッチにひときわ目立つアゲハがこのルリモンアゲハだ。
翅に青い模様が入るのが特徴で日本のカラスアゲハに近い仲間。

カメラを向けると方向転換し、そっぽを向く態度が偉そうな感じ

■Papilio Sataspes サタスペスアゲハ

スラウェシ島の固有種であるモンキアゲハの仲間。給水に来ていた人見知りなパピリオサタスペスと根気よく対話しながら撮影したお気に入りの一枚。
良い蝶の写真を撮影するには蝶と対話し、心が通った時にベストショットが生まれます。 昆虫にも表情やルックス、そして性格があるのです。
昆虫に向かってガンガン話しかけ、チャームポイントを無理やり聞き出します。

■Pachlioptra polyphontes セレベスベニモンアゲハ

スラウェシと周辺の島のみ生息するスラウェシ固有種。 前翅長は50mmほど。
バンティムルンにはそれほど多くみられない種類だが、Poso〜Gu.Lumut(Ampana)はあちらこちらに乱舞している。

飛び方は比較的素早く、飛び回っている彼らを写真に収めるのはかなり難易度が高い。風に乗り不規則な動きをしながら何処かへ行ってしまう。

■Lamproptera Megas アオスソビキアゲハ

英名でSwallowtailと呼ばれているスソビキアゲハはアゲハ属の中でも一風変わった特性を持つ。
飛び方は長い尾を小刻みに揺らしながら蜂のように羽ばたき、常に低空を飛翔する。
羽根は前翅の大部分が透明で前翅長16mmと世界最小のアゲハ。尾が非常に長いことから和名で「裾引きアゲハ」と命名されたようである。

また、蝶と会話したところによると人懐っこい性格らしく、人がいてもお構いなしにやって来る・・というか人が何してるか見に来る。(蝶との会話内容について、学術的な根拠は一切無し)

そんな一押しのスソビキアゲハだがお目にかかれる機会は少なく、以前はサラワクのペンリッセン山を登山中、休んでいる私を見に来たスソビキアゲハ以来出会っていない。
そんなお茶目なスワローテイルである。

■Troides Helena ヘレナキシタアゲハ

世界最大級の大きさを誇るトリバネアゲハの一種であるヘレナキシタアゲハ。前翅長74mmと圧倒的な大きさを誇り、他のキシタアゲハに比べてスラウェシのキシタアゲハは特に前翅が大きく迫力がある。
英名でBirdwingと呼ばれており、大型でかつ少ない羽ばたきで滑空するように飛翔する姿はまるで鳥のように見える。

キシタアゲハは給水には現れず、常に上空を飛翔し、時々花の蜜を吸いに現れる。
また、外敵から身を守るため、樹の葉などに止まるときは前翅で黄色の模様を隠すように止まるという特徴を持つ。

■Troidesの幼虫はAristolochiaceae(ウマノスズクサ科)の植物を食草としており、体にはいくつもの突起を持つが柔らかい。
ウマノスズクサ科の植物には有毒物質のアリストロキン酸が含まれており、それを毒として取り込み、外敵から身を守っている。
バンティムルンには上記のほかにもさまざまな蝶がいる。
Papilio peranthus(アオネアゲハ)、Papilio Blumei(オオルリオビアゲハ)、Idea Blanchardii(セレベスオオゴマダラ)、などの大型の蝶も見られたが、私の頭上を横切った個体しか見られず残念ながら写真撮影にまで至らなかった。
また、実際にはバンティムルン渓谷にはパピリオよりもヒカゲチョウやヒョウモンなどの小型蝶の数のほうが遙かに多く、小型種に至ってはおびただしい種類が生息している。

ウォーレスが発見した当時のバンティムルンに比べ、近年はスラウェシの蝶が絶滅の危機にあるという。
インドネシアの大学の調査によると、バンティムルン国立公園内で270種の蝶が確認されているが実際には143種しか生息していないそうで、種の減少の要因としては環境破壊、水田農薬などの薬物の使用による殺虫や過剰なほどの蝶の採集によるものとされている。
特に日本の蝶標本マーケットに流れる数も多く、蝶の採集は原住民の資金源になっていることもあり、蝶の採集による減少問題は深刻化しているようである。

最近では政府が蝶の増殖育成にも興味を示しているようで、今後育成技術の発展を期待したいところだ。


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