■カソンガン郊外に広がる泥炭湿地林

インドネシア・中部カリマンタン州に位置する、カティンガン県のカソンガンには泥炭湿地林が広がる。
現在はそのほとんどは大火災や森林伐採により消滅してしまったが、他の区域より面積が広く、濃いブラックウォーターを生み出すこの森は大変興味深い。今回は4年の調査を経て、泥炭湿地林を分かりやすく解説していく。


↑小高い丘から見た泥炭湿地林
→泥炭湿地林の内部

■About泥炭湿地林

カリマンタン中央部は標高が低く、雨季には大地が冠水してしまうため樹木は微生物に分解されることなく木質ピート(Peat)になる。その木質ピートが長い年月をかけて堆積しその上に熱帯林が覆ったものを泥炭湿地林と呼ぶ。北極圏の湿地では死んだミズゴケが低温により分解されず長い年月をかけ蓄積されたものにピートモス(Peat Moss)があるが、熱帯では水と酸欠により分解されずに堆積した樹木が主成分であるため木質ピート(Peat)と呼ばれ、そのピートが堆積した泥炭湿地林(Peat lands)と呼ばれる。
泥炭湿地は木質ピートの中に微弱な硫黄分を含み強酸性、溶存酸素量も極めて低いことから湿地林に生育する樹木は根が浅く、あまり樹木は高くならないのが特徴である。また相対的にバクテリア等の微生物も極めて少ない。

雨季にはそのほとんどが水没する森の主な樹木はヒースの一種、ウルシの一種で気根などを出して空気を取り入れようとしている種類も多いが、他の熱帯雨林とは異なり小型の樹木が密集しているという感じである。また 泥炭湿地林は豊富な水をためる貯水林の役割も果たしており至る所に地下水脈があるが、地下水位が高く植物には決して良い環境とはいえない。

雨期に大洪水が起きると根の浅い植物は流され枯死するが、その水流により泥炭湿地林には起伏が形成され平坦ではない。通常の熱帯雨林とは違い起伏がある泥炭湿地林は高い場所は水没するリスクや地下水位が低いことから植物が繁茂しやすく、低い場所は地下水位が高く地盤が弱いピートスワンプ(Peat swamp)となり樹木は少ない。上記の写真の道のような場所がピートスワンプで、歩くとズブズブと沈む。


■泥炭湿地林とピュアピートウォーター

カソンガンの泥炭湿地林は多くのピートが堆積し、木質ピートにより形成されている深い森のある場所である。また近隣に鉱山や近代化された街もないため有毒物質もあまり含まれておらず生物にはやさしい泥炭湿地林が広がっているのがこの森だ。

ピートを手に取り絞ると赤い水がしみ出てくる。雨水は長い年月をかけて泥炭林を通ることにより濾過され、純粋に近い水となる。またその際にピート成分のタンニンやフミン酸などを含んだ赤い水となる。熱帯のタンニン分を多く含んだ落ち葉通った水と異なり、木質ピートを通ったピュアピートウォーターは高度が限りなく0に近く、PHも4と強酸性を示す。

→泥炭湿地林を30pほど掘るとピート水が湧き出てくる。50pくらいまでは新しい目の粗いピートがあり、深い場所では目の細かいピートとなる。このピートは無臭でほぼ無菌状態で絞った水は飲用する事も出来、胃薬としての薬用効果もある。
このピートに腐りやすいリンゴを埋め、一週間後に掘り出してみると全く腐敗することなく食すことができ、腐敗菌が存在しない証拠である。


■人間の生活とブラックウォーター

原生林に流れるブラックウォーターはオランアスリの生活には欠かすことのできない存在である。ここに生息する魚やエビなどは食用に、また水そのものも飲用水としても使用される。煮沸などをしなくても問題なく飲用することができるが、味は日本の水と比較すると水の味を左右するミネラルが含まれていないため美味ではない。

ブラックウォーターは時として原住民の民間薬に使用される。ブラックウォーターをそのまま飲用したり、木質ピートを砕いて薬として服用する。
主に胃薬、腹痛薬や妊産婦の滋養として用いられ、その作用の一因として人間の胃液に近い酸性で強い殺菌作用を示すため浄化作用があるのではと考えられる。 またブラックウォーターは外傷にも効果的で、傷口を洗浄するときに使用するのも効果的である。


■油膜と沈殿物

泥炭湿地林の河川は天然木からしみ出た灰汁や油膜が浮いている。
この油は人工物から出たものではなく、天然の樹木より流れてくるもので、油の苦み等の忌避効果によって害虫やカビ(真菌)などの有害な菌から植物を守る効果がある。

また流れのゆるやかなブラックウォーターには赤い沈殿物が見られることもあるが、これらは枯死した植物から流れ出た微量の鉄分が固まったものである。
■ブラックウォーターと味覚

ブラックウォーターはで口当たりがあまりに良すぎるために普段口にしているような「水」の味がせず、泥炭林の樹木の違いにより風味が異なりえぐみがある。
このえぐみは種類は様々で、時に古木の風味だったりスモークの風味だったりと様々である。

人間の本能的な感覚は時として機械では測定できないような事実を突き止めることもあり、 「一見綺麗だが去年より水草の数が減った」と言う時に味を見ると「飲みやすいけどかすかに土の風味が・・」と言うことでさらに調査したところ、上流の非常に小規模な森林伐採で土砂が流れ、富栄養化し水の味も変わった・・などと言う事実が判明することもある。

■泥炭湿地林のピート

泥炭湿地林のピートは空気に触れると瞬時に酸化する。
下の実験例(写真大)は中央右が赤色、中央下が焦げ茶色、 左が黒だがこれは酸化具合を示した実験例である。黒い部分は何もしていない空気に曝されていた状態で、焦げ茶部分は掘り出されてから20〜40秒、赤い部分が20秒以下である。


■クリプトコリネとブラックウォーター

カリマンタンのクリプトコリネは無菌の栄養価が低く限りなくピュアウォーターに好んで生育するが、あまりにも純水では逆に生育していない。
森からしみ出る木々の灰汁や油膜のような副産物がこの植物体や水性生物に大きな影響を与えている。
クリプトコリネは進化の過程で他の陽性植物の育ちにくいような環境に適応しその優先権を得た代表的な水生植物であり、泥炭湿地林における生物相を育む寄与度はとても高い。また植物体を瞬時に新環境へ適応させる方法を持っている事は著しい地域変種が生み出される要素でもある。
余談だが、水が綺麗だがクリプトコリネも生育していない川の水は風味があっさりしており後を引かず、クリプトコリネなどが生育している川には多少のえぐみが残ることが多い。



■↓泥炭湿地林に流れる小川に生息する魚たち

■森林伐採と泥炭湿地林

地球上で3番目に大きいボルネオ島の大半を占めていた熱帯雨林だが、近年は過度な伐採やパームヤシのプランテーション化によりボルネオ島に元来存在していた自然森林の80%は失われてしまった。
近年は法の目を抜けた違法伐採が急激に増加しており、その勢いは木材生産量の82%にもなる深刻な状況である。その違法伐採は国立公園などの保護区内でも容赦なく伐採されている現状を知る必要がある。
伐採された樹木は合板や家具、そしてコピー用紙などのバルブ製品に利用され、私たち日本人は日常にあるものに生まれ変わっている。

一度壊された熱帯雨林は復元に1000年かかると言われるほど再生が遅い。


伐採された土地は水抜き(溝を掘り水を抜く)され農地化される。その殆どはパームヤシのプランテーションとなるが泥炭湿地林は貧栄養な土地であるため作物が育ちにくく、右の写真のように放置されてしまうケースも少なくない。



■地球温暖化と泥炭湿地林

現在ではボルネオ島の全域に広がる伐採された泥炭湿地林からは大量のCO2(二酸化炭素)が放出されている。
元来ブラックウォーターに満たされ、空気に触れることが無かった木質ピート(C6 H12 O6)は伐採によって地表に出現し、空気に触れるようになったことから有機物分解が始まる。そのため伐採された膨大な面積の地表からは常にCO2(二酸化炭素)や温室効果ガスが放出されることになるのである(C? H12 O?+6O2(空気中の酸素)=6CO2+6H2O)
さらにこの現象を加速化する要因は森林火災や焼畑によるもので、原油同様に古代より積み重なった炭素(泥炭層)が一気に燃焼し、大量のCO2が発生深刻な地球温暖化の大きな要因となっている。
また森林火災は多くの森まで焼失させてしまうため多くの野生動物が焼死してしまったり住処を失ってしまうのが現状である。

↓この場所は1970年のカリマンタン大火災の跡地であり、写真は約40年経過した風景である。泥炭湿地林の復元は非常に遅く、森林伐採問題はとても深刻である

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